kenji ayabe

NOTE

5月 備忘録

 

こどもの生は美しい。

天然の炭酸のように弾けて、木陰によこたわる。

 

うめき声が時々聞こえては、

それは赤々しい傷。

 

眠れば癒える動物なのだ。

 

39歳になった。

つまりサンキューの年だな。なんて言ってはいられない。

 

別に言っても良いのだけど、そんな事をわざわざ言う相手が身近にはいない。

友人は長野県の花火師という立派な樹になって、はて、自分は何者だ?と初めてzoom飲みというひと時を過ごした。

 

ふと泣くことを忘れてしまった自分が、悔しいとか、胸の奥だとか、内省的だとか。本棚の”し行”の著者あたりの古本の栞に挟んで、どこかにそのストーリーを忘れたのだ。

 

 

 

毎夜、眠れる子どもたちの顔を覗いて、とても幸せな気分になる。“これが人生!”と言い切れる辺りも、どこかの本の影響かもしれないが、麦茶を飲み干すくらいに、私は爽快な5月の夜風に吹かれて眠れている。

 

もう二度と始まれない、何かを始めなきゃいけない。

 

 

静かな湖畔で珈琲を飲みながら、

時々ご褒美に木製ギターを弾きながら。

浸るなら、そんなストーリーをリチャード・ブローティガンから拝借したい。

 

 

 

携帯の本日の使用時間は“40分”だった。これが長いのか短いのか知らないが、近くにあると頭が痛くなる。

これはファックな事だし、財布と携帯と、Liveでの俺のMCは、本当に不要なものだよ。

 

ジェーチャの新しいDVDがやっと届いて、ついに息子が僕のMCを早送りしたのを、僕は笑顔で迎えた。

 

素敵な日々を。

綾部

新刊『旅を栖とす』高橋久美子著に寄せて

この冬、高橋久美子さんとzoomを繋ぐと、炬燵にちゃんちゃんこを羽織った、往年の作家像を見事に現した美姿が、macの画面に大きく映った。

2020年、高橋さんと私が主催する『金夜に会いましょう』はコロナの影響でリモート開催となった。私は常々彼女を「日本の身体」と評している。日本の理想のお母ちゃん像が見事に嵌る。デジタル省庁の創設とともに、高橋久美子省庁が欲しい。環境庁が推進するサスティナビリティやらSDGsなんかより、20歩くらい先行った”シンニホン”直り、”クミニホン”に住みたいと思っている。

 

『旅を栖とす』高橋久美子著 2021年1月29日発売

 

お恥ずかしながら『栖とす』がすっと読めなかった。たしか奈良の『風の栖』さんの栖だったよなと、頭を文字が危なっかしい車道をなんども横断した。靴店NAOTのオーナー宮川さんがご親切にもお店の邸宅の中を案内して下さったのを思い出した。まさに店名の通り心地よい風が吹き抜けていた。

 

旅を栖とす

「ああこのタイトルは詩だな」と思わずにはいられなかった。Twitterのプロフィールに書かれた、作家・作詞家のそのあとに詩人とネームが追加された時、ひとりほくそ笑んだのは僕だ。彼女の文章のBPMを心地よくさせるグルーヴは見事な形容にある。「灼熱のタイ旅行記」の本文に書かれたー車窓の風景からはタイのスッピンが見えたーにもあるが、物事の“すっぴん”を見分ける眼力に恐れ入る。添加物をなんたるかを知り、その存在理由に悲しみ、未来からの目線で今を定義する。

 

本を読み始めてすぐ2019年の6月にギャラリー芝生で開催された『捨てられない物展』を思い出した。

 

 

展示された「捨てられない物」で一番印象深かったのが旅の手帳だった。小さな手帳の紙にこれでもかと黒く塗られた文字の葉が鬱蒼と密っせられて茂っていた。手帳の紙を文字で埋めるために旅に出てるのではと思わせるほど、そこにはカオスが確かに存在していた。なるほど、あれが、こうきて、こうなったのか。

 

 

彼女は肥えた土壌にいでて、無農薬の実をならす移動式農園なのだ。私は、時々こうして頬張ることができる。だから私はとても健康だ。“素晴らしい人”とは、人を健康にする仕事に従事する人だ。依存に由来するサービスが溢れる社会で、心身のヘルスケアをすっぴんで見つめる眼差しを持ちたい。

ーまろやかなドライブーで、私は“高橋久美子”を旅することができた。

そしてそれが友人であると言うこと。

私はそのことが嬉しい。

 

 

赤ん坊のお食い初めがようやく終わり、久しぶりに本を読む機会を下さった久美子さんに心からお礼を言いたい。皆さんにも是非お手に取ってパラパラと紙を捲って欲しい。旅がしたくなる。と言いたい所だが、自分の未来に生る、自身の実を鷲掴みたくなる。そして、健康で幸せにするべき人を、抱き寄せ、愛し、この実を頬張って欲しいと、そう願う1ページになるだろう。

 

『旅を栖とす』に寄せて。

綾部健司

備忘録 2020年10月

秋めいて来た。森は、冬支度を始めているようだし、

どことなく早朝の気配はすでに、キリリと冷えている。

 

 

(鳥・虫たちに、「私を啄んで」と言っているように実を空に向け)

 

第二子が生まれ、一昨日ようやく役所へ出生届を出して来た。

一人目とは様々な環境が全く違う状況で、母なる強い愛を持って乗り越えた日々に心から感謝を捧げたい。

 

毎日が事件的な騒々しさ、動物生命のエネルギーに圧倒され、私はときどき深呼吸を強いられながら、1日の短さと珈琲のありがたみを滲み滲み感じている。

 

(芝生と乾いた土を、風と共に走った土手にて)

 

私も子どもたちと同じ土壌で、新しい発見をしたいと思っている。自然環境に身を置いて、いかに先人たちが作って来た物質的な社会を肌で感じれたら良い。

 

スポーツで言えば、観戦にも興業的な祭典に対しても個人的には無関心だ。

 

高島屋でも、ユニクロでも、珈琲豆屋も、パン屋さんも接客・サービス業においてスポーツ的な顧客満足度を追い求めた彼・彼女たちも、それぞれ集約された業務を短距離走的なルーティンを持っている。

サラリーマンもスポーツマンも等しく、超絶的な身体的・精神的ストレスを浴びながら、見えない背中を追いかけている。

毎日だれもが湯船に浸かりながら、自分の表彰台に立っている。

 

(立ち寄った idea)

 

自分の消費行動が環境に与える影響を考える。この消費という概念を通過せずに、体験ベースを創り出せないか。今の私の課題の一つだし、それをなんとかジェームスアンドチャーリー で成し遂げたい。

 

 

(ジェームスアンドチャーリーの新DVD)

 

個人的にはシンギュラリティが早く訪れたら良いと早計に勘案していた。ここ数日に養老孟司さんの対談を読んでいたら、「もっと動物のままでいなさい」と言われている気がして来た。

クオリアを探して。

綾部健司

海の羽さばき

海底にあるのは、

私の命の鼓動。

 

八景島を訪れた。

息子と妻とで3人の散策旅。

 

私の繋ぐ手が、こどもで一杯になってから、随分と出かけることが増えた。毎月のように水族館へ行っては、「シャーク!!あれベイビーシャークだね!!」「いや、あれはグランパ(おじいちゃん)じゃない?」という会話を楽しんでいる。

できるだけ、自然環境や生態に興味をもってもらいたいと思っている。福岡伸一先生に息子の名前をサインしてもらった本を、机の一番目立つ場所に置くような学生生活を送ってもらえたら本望だ。

 

 

私は中学生の頃から既に、社会が嫌になっていた。

自分の背中に、電光掲示板を背負って、そこには自分の人生が「何点」であるかを煌々と照らして欲しいとねがった。つまり、自分が何点であるから、何も期待しないで欲しいと。他人にわざと良い顔、悪い顔をすることが面倒であった。

つまり、今現実に中国で行われている「信用スコア」みたいな物をゼッケンに書いて置きたかった。母親が溜息を吐く回数がずっと減ったかもしれない。諦めの標榜だ。

中学校卒業間近、自分が社会環境と接点であったバンド。そのメンバーがひとり死んだ。彼はベースを上手く弾いていたし、僕よりもずっと音楽について愛を持っていた。

 

 

海底を泳ぐ、おぼろげな記憶の中で、僕は音楽を愛してはいなかった。そこに流れる、柔らかく、透明で、美しい時間と恍惚さを愛した。

30歳になって、中学生で組んでいたバンドのもうひとりが死んで、残りはよにんになった。私はお焼香を終えた途端に嗚咽をはじめ、近くにいた他のメンバーの胸を借りた。静寂の中で、雨に打たれるように泣いた。

私の永劫に輝かしいバンド体験は中学生で終えているのかもしれない。素晴らしい人物は短命で、残された人間は愚かしく、産まれる命よりも、死ぬ為の環境を整えては、自然環境を汚し続けている。日本の政治に唾を吐いた切手で手紙を書きたいが、私は宛名の住所がわからないでいる。歳をとっても知恵のない大人になってしまった。

だが、しとしとと雨が、柔らかく私を包んでいる。どこで何をしていても、それは私を生かす水分と養分のように、それを享受している。それが心地いいのだ。柔らかく、透明で。

海底に泳ぐ 身体のない羽よ。

私をどこへ 漂流さすのだろう。

Kenji Ayabe

 

2019.12.02

 

書こうと思ったきっかけは、なんだったろうか。

引っ越して、新しい本棚を組立て、古い本たちを納め、写真集の表紙を眺めたり。

千葉にある亡き祖母の家をリノベーションに毎月通い、その度に全身が筋肉痛になって翌朝を迎えたり。

息子は来月で3歳になる。彼と遊ぶのは愉快だ。すでに新しい友達ができたような気もしている。

あと10年もしたら、きっと仲の良い姉妹のようになっているかもしれない。兄弟より、ずっと仲が良さそうじゃないか。

須藤がユニゾンのこうすけとバンドを組んだらしい。らしいと言うにも白々しいのだけど、発表の前の日にこうすけからメールがきた。

僕はすぐに「じゃあ僕は、貴雄と何を始めようか」とでも返信をしようと思えたのだけれど、思い留まって、それから1週間過ぎても思い留まってしまったまま、他に何も感想を持つことが出来なくなってしまった。

冬がきた。

こんなふうに、自分の思いの丈を書くことって、本当に楽なことだ。いつか、久美子さんが金夜で詩に書いた「排泄」によく似ている。

そもそも、僕はキャッチボールを望んではいなかった。実際野球は苦手で、親友とよく行ったバッティングセンターで彼は110km/hの球のバッテリーの扉を開けたが、僕は90km/hだ。

金属バットが重いせいで、空振りをした後の格好が余計に悪かった。ホームベースの左側で少しはに噛みながら、歯を見せたまま一回転をした。バツの悪いポーズを見せるので精一杯だった。

11月14日に、僕が唯一Twitterでフォローしている旧友の、6回目だったかのお墓参りだった。例年、秋晴れが続いている。今年は初めて妻が同行してくれた。

彼が僕から受け取った、最後のMessageはこうだ。

<ぼくは、どんな歌詞を書いたら良いんだろう。 なにひとつわかっちゃいない>

そして、読んでもらえなかったMessageはこうだ。

<自分ソロアルバムの新作が間もなく出来るのだけれど、良かったら聴いてくれるかな。12月17日に発売になるんだ。>

彼は中学時代に初めて組んだバンドのリーダーで、ギタリストだった。僕は、彼の足元にも及ばなかった。そして、彼は白血病になり、今でも死に続けている。

書こうと思ったきっかけは、なんだったろうか。

そういえば、親友がふたたび花火師になった。これは素晴らしいことだ。

生きていて、新しい朝を迎えに行くなら、

それは素晴らしい。

綾部健司

 

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