kenji ayabe

LETTER

イタリア出張とその猫

その日、恵比寿Bar Tramのテーブル席で、

初めてのアブサンを飲んでいた。

 

一見どこにも電飾がない、間接照明の焚かれた

東京にぽっと夜を張ったような店内に、

ハットまで正装をしたバーテン2名と、

北欧系の外国人が2テーブルに別れて

8名が席を取っていた。

 

暗い店内に目が慣れていないぼくは、

霞んだ数あるメニューから、

最も真っ当そうなお酒を頼んだ。

 

一緒にいた服飾デザイナー職の男性は、

その席でも、どの街を背景にして

40歳半ば越えている風に見えなかった。

 

1週間前イタリア北部へと発った彼は、

出張中の10日間、飼っていた猫を我が家に預けた。

 

Olafurと名付けられたその猫の名の由来は、

ベルリンに拠点を持つ現代美術家の

Olafur Eliassonから取ったといつか聞いた。

 

展示会に同行している、アメリカ出身の奥様が

出発当日のタクシーで“臆病な小さな娘”を連れてきた。

 

ゲージに入った“臆病な小さな娘”が、

ここ何日かで僕の肩に記した、

無数の引っかき傷をここに書く。

 

「初めての山に挑戦するときは、

履き慣れた登山靴と予備の紐を持たなきゃ」

 

「助けて!助けて!魔女に見られた!」

 

「12歳の頃、隣に住んでた、シベリア大学の授業を

覗いたことがある彼が付けた、10種の野草のニックネームを

墓石に書いてちょうだいって言ってあるの」

 

「捨てられる前には、捨てるものがあるわ」

 

Kenji Ayabe